Smiley face

 気づいたら、病院のベッドに横になっていた。医師が、自分の手首を指して聞いた。「これなんて言う?」

 「時計やろ。なんでそんなこと聞くん?」

 そう思ったが、言葉が出てこない。「とけい」と言うには、どう口を動かせばいいのかわからなかった。

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梶彰子さん。かつては「元の自分に戻る」ことが目標だった。最近は「言葉を探しながら過ごすことで気持ちが豊かになっている」とも感じている=2025年7月14日、大阪府、藤谷和広撮影

 大阪府に住む梶(かじ)彰子さん(61)が失語症になったのは2014年、50歳のときだった。買い物に行く途中で路線バスにはねられた。頭を強く打ち、2日後には脳梗塞(こうそく)を発症した。10日ほど経ってようやく意識は戻ったが、状況がのみこめなかった。事故のこともおぼえていなかった。

 ショックだったのは、体中いたるところが骨折し、寝たきりになったことだった。動くと痛い。スプーンも持てない。顔は「鏡で見ない方がいい」と言われた。

 失語症は「ほんまになるんや」と思ったぐらいで、あまり深刻に考えていなかった。医師にも「リハビリで治る」と言われた。

 だが、そのリハビリが想像以上に大変だった。

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事故直後は、単語と意味を結びつける練習もしていた=2025年7月14日、大阪府、藤谷和広撮影

 失語症は脳の言語中枢が損傷…

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